家族や自分ががんになる、ということ。「32歳で初期乳がん全然受け入れてません」水谷緑著
水谷緑さんのコミックエッセイ、「32歳で初期乳がん 全然受け入れてません」を読みました。
たまたまレジの近くにあったので買ってみたという程度だったのですが、
引き込まれ、一気に読んでしまいました。
元気に暮らしていたのに、突然がんと宣告される。
そして本人の気持ちが振り回されていく様子が、本当に細やかに描かれています。
水谷さんは結局初期の乳がんで、転移も再発もなく、部分切除で乳の形もほとんど変わらず、元の生活に戻っていきます。
それでもこれだけ大変なんだ、ということがよくわかります。
がんによる医療的なケアや身体症状の大変さではなく、精神的な大変さがここまで深く描かれたものは、なかなかないのではないでしょうか。
ステージ0の軽いがんだからこそ、体の症状以外の部分に大きく焦点を当てられていると言えます。
この本には、がんを知った周りの人の反応に振り回される場面が、何度も出てきます。
彼氏、親、友達。
彼らの反応に期待し、失望し、自己嫌悪に陥る。その繰り返しが描かれます。
私たちは「がん」という病気のイメージを持ちすぎています。
それは映画やドラマ、本でさんざん見聞きしたことのある他人事のストーリーで、それが現実に入ってきたときのショックは、非常に大きいものです。
同時期に読んだインターネットの記事で、余命3ヶ月の写真家が、がんになって一番困惑したのは周りの人々の「優しい虐待」だった、と書いていました。
これをすればがんが良くなる、私はこうだったから、という親切の押し付けが嵐のようにやってきて、電話回線を解約せざるをえなかったと。
私自身、「がん患者の家族」になったことがあります。
母が乳がんと宣告されたのです。大学生の時でした。ステージ1で、水谷さんのがんよりも少し重いものでした。
父は狂ったようになり、病院で母に「がん患者はほとんど死ぬんだ!!お前は治らない!!」と叫びました。
母は泣き出し、家は荒れました。
父は、大好きな母が死ぬかもしれない、という事実に耐えきれなかったのだと思います。
私たちや母の前で、絶対に言ってはいけないことを叫んだ父を、許すことはできません。
しかし「がん」という宣告は、本人と同じくらい、家族に与えるショックが大きいものかもしれない、と今は思います。
水谷さんのお母さんは、病院にくるのを嫌がり、立ち会わなければならない手術のときに、娘を残してその場からいなくなります。
ひどいお母さんだと感じる人が多いと思いますが、旦那さんをがんで亡くしたこと、それがトラウマとなり、娘ががんであるという事実を受け入れることができなかったのだと思います。
誰かを悪者にして怒りをぶつける人、事実から目をそらして逃げる人などがいますが、水谷さんのお母さんは後者だったのでしょう。
娘のがんと、正面から向き合うのが怖かったのだと思います。
私の父が、悪くない当事者の母に怒りをぶつけたように。
多くの人が、友人や家族ががんになったとき、混乱して間違った対応をしてしまいます。
例えば心配して情報をあれこれ調べ、本人にあれをしろ、これはだめと、言いすぎ振り回してしまう。
例えば原因探しを始め、遺伝のせいだ環境のせいだなどといって、本人に自分のせいかもなどと思わせる。
例えばショックで泣き出し、かわいそう、死なないで、などと言って逆に本人を傷つけてしまう。
例えば反応に困って、その話題には触れないようにし、なかったことにしてしまう。
安易に大丈夫だよ、きっと治るってなどと励ましてしまう。
やりがちなことはたくさんあります。
身近な家族の方が、ショックが大きい分、失敗しやすいかもしれません。
水谷さんのご友人の中は、何も言わずに話を聞いてくれたり、楽しい写真で笑わせてくれたり、理想的な対応をする人達も多く出てきます。
自分の近しい人ががんや重い病気になったとき、どう対応してあげるのが一番良いのか、
考えるヒントも詰まっています。
そしてがん患者がどんなことに不安を感じ、なにを求めているのかも知ることができます。
ただ、がんが治ればいいのではない。
その人の大事にしていること。
例えば、将来結婚して家族をもつ夢だったり、
女性として大切にされることだったり。
そういう生活の質が保証されなけば、
長生きできでも意味がない、ということなんです。
医療者は、命を守ることを一番に考えます。
でも患者は、がんのことだけ考えて生きているわけではない。夢と楽しみをもって、長い人生を生きなければならない。
がんが治っても、それと引き換えにその人が大切にしていたものを失っては、生きる意味がないのです。
水谷さんが大切にしていることは、将来家族をもつこと、そして女性として愛されること。
がんを治すためなら、おっぱいの形が変わって授乳できなくなっても仕方ない、むしろそれぐらいで済んでよかった、
と多くの人は思うかもしれませんが、おっぱいというのは水谷さんにとって、自分の女性としてのアイデンティティや、将来の夢と強く結びついているもの。
それを奪われるというのは、人生の希望を失うことと同じです。
結婚や出産を夢見る若い女性にとって、本当に辛いことだと思うのです。
私は乳がんになった経験がないので、当事者の気持ちは想像するしかないのですが、
この本を読むまでは「乳がんだって、取って元気になればいいじゃん」と安易に考えていたことを反省しました。
例えば食べることが大好きな人が、あるとき病気で胃ろうになる、あるいは糖尿病などで食事内容を制限される。
その人にとってそのことは、病気そのものや、あるいは死よりも辛いことかもしれない。
自慢の胸を治療で切除されるかもしれない恐怖と、がんで死ぬかもしれない恐怖は、他人が比べてどうこう言えるようなものではないのです。
想像力を持って生きたいなぁと思うと同時に、
がん検診毎年受けよう!と改めて決意させてくれた一冊でした。